この勉強会は古志青年部有志によるものです。出席者は「古志」誌の「投句欄」「同人の一句」「一日一句」のすべての句にしっかりと目を通した上で合評を行います。それぞれが感銘した句、勉強になった句をとり上げます。あらかじめ「投句欄」の中から十句を選んで持ちよります。そのほか「同人の一句」「一日一句」についてもふれます。第二回以降は毎回、青年部外からゲストを迎えて行う予定です。

投句欄より

除雪車の運ばれてくる秋日和

きつね:雪の日にばりばり働くイメージしかなかった除雪車が、「運ぶ」という動作の対象になっていることが新鮮。ものすごい音をたてて動く大きな機械、それが「運ばれている」ことにかわいらしさを感じました。

麻衣子:雪がないと無用の長物の除雪車を、雪のないあたたかい秋のうちに準備をしておこうという心持が気持ちよかった。切迫感のなさがいい。

主宰:日常の風景でも一句にできる。どこか余裕があるのは「秋日和」の季語が効いているためでしょう。二人が選んでいました。

にこにことやがてうとうと敬老日

麻衣子:敬老日に家族からはやされていたけれど、そのうちに疲れてしまったお年寄りの、かわいらしいたたずまいが浮かぶ。つめこんだり、具体物を描いたりせずに「にこにこ」「うとうと」と丸くつつんだ表現が敬老日にそぐわしい。

きつね:擬態語を一句の中で二つも使うという大胆さに感服しました。

主宰:余計な描写抜きに描いていますね。擬態語と「やがて」という時間の流れだけ。

透明な袋に落とす秋刀魚かな

きつね:読んだすぐにはっとさせられた句です。スーパーの買い物の一コマが一句として力を持つことに驚きました。その理由は、ビニールの袋を「透明な」と言ったことできれいな印象を与えること、「落とす」という動きのある動詞によって袋に入れられる秋刀魚の生々しさが伝わることだと思います。

主宰:重量感も伝わる。ここでの魚は秋刀魚でなければだめでしょう。全く同じ情景でも言葉によって大きく印象を変えることができます。「ビニールの袋に入れる秋刀魚かな」ではただごと。この句は何でもない日常を詠んでいるのですが、実はその裏では表現上の工夫が凝らされていますね。

太刀魚に裏も表もなかりけり

麻衣子:題材がいい。ヒラメやカレイではなく、左右対称でひらひらとした形状の太刀魚を選んだ。当たり前のことを当たり前にずばっと言ったことに、一回転した面白さを感じた。

主宰:太刀魚は面白い魚ですがなぜかあまり詠まれない。季語としては秋。「裏」だの「表」だのはよく使われる表現ですが、この句でははっきり「ない」と言い切っていていいですね。

太刀魚…体は極めて長く側扁し、全長一・五メートルに達し、太刀状・リボン状。背びれは一基で頭の後方から尾端まで届き、腹びれ・尾びれはない。

玉子焼大きく焼いて運動会

きつね:ただ運動会のために玉子焼を焼いたとだけあったら普通ですが、大きく焼いたことで、運動会に参加する子どもだけでなくお母さんもはりきっている様子が伝わります。運動会の楽しみのひとつには家族とのランチタイムがあることを思い出させてくれました。

麻衣子:私も印象に残った句。普段のお弁当に入れる小さい玉子焼と違い、大きい玉子焼にはさぞかし鮮やかな存在感があるだろう。句の後ろには子どもを応援する作者の気持ちが感じられる。

太極拳夜明けの秋気極まれり

麻衣子:作者は中国に在住の方。朝早くから人がいっぱい集まった広場に、四季の中で一番澄んだ空気が集まっている、というダイナミックな情景が描かれている。太極拳はやりながら「気」を集めるもので、そこに秋気も極まったと詠んだことが面白い。本当にパワーが集まっているように感じる。

主宰:日本と違う大陸的な空気に、「秋」がうまくはまっていますね。上五に「太極拳」とぽんと置いたところがよい。それによって、一物仕立てですが「間」が十分に取られています。

声あげておしめの走る夏座敷

きつね:おそらく、おしめを変えてもらったばかりで機嫌のいい赤ちゃんがはいはいで動き回っているのでしょう。「おしめをはいた赤ちゃんが走る」ではなく、「おしめが走る」と言ったのが面白かったです。屋内の涼しげな様子も感じました。

麻衣子:おしめに焦点を当てているのが面白い。大きくて丸いおしめをはいた赤ちゃんの姿が浮かぶ。また、「這ひ這ひの韋駄天となる油団かな(飴山實)」を想起させる。

主宰:赤ちゃんの様子を詠んだ句は甘くなりがちですが、この句はそうでなくて面白いです。

産み月の牛へ敷きやる今年藁

麻衣子:臨月の大きなお腹をした牛に、まだ青くさく新鮮な今年藁を敷いてやる。そこには出産を迎える母牛への気遣い・思いやりや、生まれてくる新しい命への期待が込められていると感じた。

きつね:浅はかにも生まれてくる子牛の存在を考えていませんでした。

主宰:「今年藁」という季語に作者の思いが託されていますね。

初さんま七輪出すは吾が仕事

きつね:気になった一句です。七輪を使ったことがないのですが、それを使うためには練炭を入れて火を起こすなどの作業が大変だと聞きました。秋刀魚を焼くメインの仕事は人に任せて、それを助けるサブの役割をする作者に好感を持ちました。また、初秋刀魚を七輪で焼いたらきっと美味しいだろう、しかも共同作業でそれを行うことに、ささやかな家庭の幸せを感じました。

麻衣子:七輪を出すことは譲れない仕事なのかも。

きつね:こだわりがあるのかもしれません。

大桃の疵の一つや二つなど

麻衣子:桃を詠む場合、大事に大事に傷をつけないよう扱い、玉として詠むことが一般的。それが前提にあって、この句はそこを少しずらして詠んでいるのが面白い。「疵の一つや二つなど」と言い切ったところに勢いがあり、ちょっとくらい傷があってもこたえないような大きな桃を思わせる。さらに作者の気持ちの大きさや豪快さが表現されているように感じた。

主宰:人生で傷ついた人への応援歌としても取れますね。桃の傷に自分の情念を託して詠んだり、トリビアルな発見としてこれ見よがしに疵を詠むのが今の俳壇の一般的な流れでしょうが、本当はこういった大らかな心のもちようのほうが俳句という形式には適っていると思います。

丸ごとは食へぬ齢や焼秋刀魚

きつね:私は食べ物を詠むときは絶対おいしそうに詠まなきゃいけないという先入観があったのですが、この句はそんな気負いもなく詠まれていて、こういう詠み方もあるのかと勉強になりました。

麻衣子:多分、全部食べたいのでしょうね。でも食べられない。

主宰:作者の親御さんを詠んだ句かもしれない。老いをありのまま受け入れるといった諦観もあるのかもしれない。

松手入梯子架くるも技のうち

麻衣子:松手入が終わったあとのきれいな枝ぶりを詠んだ句は多いが、美しい枝ぶりのためにはまず梯子をかける作業がある。梯子をかける作業からすでに松手入は始まっているのだと言っている。その熟練した技から、句の後ろに手入が済んだ美しい松の風景が見えるようです。こうした玄人の世界をぱっと捉えられる作者もまた一人の玄人であると感じた。

主宰:さきほどの「太極拳夜明けの秋気極まれり」の句と同様に、「松手入」をぽんと上五に置いた形がうまくいっている。

新年の一句より

目をつむり初日の色をつくづくと 石塚純子

きつね:目を開けないことで初日を感じているところに惹かれました。「初日の色」としか述べられてないのに、あかあかとした光が自分の目の前にもあるかのように感じ、とても臨場感のある句だと思います。

主宰:目を閉じていても光の色は感じられる。ほかの視覚情報が遮断されてかえっていいのかもしれない。

一籠ははこべらばかり若菜の日 上村和季

麻衣子:七草のうち一種類しか集まらなかった。だけどまあいいか、という気持ちの大らかさが伝わる。七草セットなどが買える昨今だけれど、作者は実際に摘んできたのだろう、と心が動かされた。

主宰:実際に摘みに出ても、なかなか七種揃うものでもない。

春着きて子のすましたる笑顔かな 太田芳男

きつね:いつもと違ってちゃんとした着物とか着せてもらうと、家族の前でなんだか恥ずかしくてかしこまってしまう。すましてる子どもへの家族のまなざしがあたたかい。

主宰:照れ隠しでしょうね。

うしろより声を添へたる初鏡 上村幸三

麻衣子:髪の出来具合いや服装を確かめている妻に、「いいね」とか「それぐらいでいいんじゃないの」「早く行こうよ」などと声をかけている夫の姿が浮かぶ。ほほえましい家庭の風景。

一合の米ていねいに初炊ぎ 城聖子

麻衣子:「一合」がいい。一合だけの米を丁寧に炊き上げることは神聖な儀式のようで、新年のすがすがしい雰囲気が伝わってきます。

主宰:一人分か夫婦の分だけの米。しみじみとした句。しかし「ていねいに」といったことで変な暗さがない。

叡山を越えてゆく気かいかのぼり 中村汀

麻衣子:昔から仏教界の権威の象徴である叡山。それを越えようとするかのように空を舞うのはなんといかのぼり。面白みがあるし、「か」の呼びかけには対象への愛着を感じます。

主宰:勢いよくのぼっていくいかのぼりの様子。あらまあと呆れているのかもしれない。

一日一句より

どんくりと呼ばれし山の男あり 松井潤

きつね:この「男」とは、見た目はずんぐりむっくり、おそらく無口、だけど心はやさしく、みんなから頼りにされている愛すべき人物、と想像しました。句の内容自体におかしみがある上に、この「男」への愛情といったものも伝わってくるようです。

主宰:どんな男だろうかといろいろ想像させてくれます。

卓袱台に蜜柑の山の生まれけり 松井潤

麻衣子:出始めたばかりの蜜柑でしょう。蜜柑のオレンジ色の存在が眩しく、今年もまた冬が始まるのだなあという気持ちが表現されている。

主宰:「生まれけり」とあるので、昨日まではそこには無かった。初物でしょうね。

秋の蚊に刺されにきたり平林寺 藤原智子

麻衣子:作者の人生観そのものが表されているように感じた。まっすぐで、すべてを包み込むような広い心がそのまま一句に表現されている。

鼻水も涎も立派子供かな 藤原智子

麻衣子:母は強し。鼻水や涎まみれになって「ママー」と向かってくる子どもの顔を、たちまち拭いてあげるお母さんの姿。鼻水や涎まみれの子どもへのやさしいまなざし、そのすこやかな成長を願う気持ちが伝わってくる。

冬支度ベビーカーも包まんと 藤原智子

きつね:ベビーカーにはたくさんの思い出がつまっているのだと思います。いろんな出来事を思い返しながらベビーカーを包む作者。ベビーカーに対するいたわりの気持ち、やさしさを感じました。

麻衣子:ベビーカーをしまい込んだわけではなく、子供に風が当たらないようにビニールシートか何かで包んであげたのではないか。いずれにせよ母の優しさですね。

主宰:今月の「一日一句」は藤原さんの心根の大きさ、まっすぐさがダイレクトに表されている句が多かったですね。いってみれば「即時」の句。以前はつつましやかでどこか遠慮がちな句が多かったのですが、最近では大胆さが加わった。三十句競詠賞も受賞していま最も注目すべき旬な作家の一人です。

長谷川櫂著『子規の宇宙』参照のこと。

丹野麻衣子選十句
太極拳夜明けの秋気極まれり     草場弘(中国)
除雪車の運ばれてくる秋日和     伊藤寛(山形)
松手入梯子架くるも技のうち    後藤壱岐(茨城)
産み月の牛へ敷きやる今年藁    古内静子(福島)
大桃の疵の一つや二つなど     園田靖彦(埼玉)
太刀魚に裏も表もなかりけり    小林祿郎(愛知)
飾られて通草は風を忘れけり    森ふみ子(滋賀)
稲妻の往来にある我が家かな    中西薹子(香川)
猪のここも狼藉栗林        篠崎亜希(高知)
君の本紅葉挟んで返さんと     吉田桂子(宮崎)

市川きつね選十句
手造りの新豆腐買ふ列にあり    石原夏生(宮城)
知るだけの童謡歌ひ秋深し    平尾二三子(兵庫)
透明な袋に落とす秋刀魚かな    鈴木一雄(岡山)
にこにことやがてうとうと敬老日  真坂道夫(東京)
丸ごとは食へぬ齢や焼秋刀魚   吉岡百合子(富山)
玉子焼大きく焼いて運動会     飯塚紀子(静岡)
初さんま七輪出すは吾が仕事    野村佳久(静岡)
まだ青き粒も混じれり今年米   山内あかり(京都)
除雪車の運ばれてくる秋日和     伊藤寛(山形)
声あげておしめの走る夏座敷    大地國介(富山)

【出席者】
大谷弘至:主宰 一九八〇年生まれ
丹野麻衣子:自選同人、第三回飴山實俳句賞受賞 一九七四年生まれ
市川きつね:青年部副部長、第二回石田波郷賞準賞 一九八七年生まれ

 

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