この勉強会は古志青年部有志によるものです。出席者は「古志」誌の「投句欄」「同人の一句」「一日一句」のすべての句にしっかりと目を通した上で合評を行います。それぞれが感銘した句、勉強になった句をとり上げます。あらかじめ「投句欄」の中から十句を選んで持ちよります。そのほか「同人の一句」「一日一句」についてもふれます。第二回以降は毎回、青年部外からゲストを迎えて行います。第二回ゲストは飛岡光枝さんです。「古志」二月号から題詠欄の選者を務めています。また四月からは新宿朝日カルチャーセンターにて「はじめての句会入門」の講師を担当します。

 

投句欄より

秋収め餅に搗きこむ島の歌 柏田浪雅

きつね:「餅に搗きこむ島の歌」の表現が力強い。また、餅にコシが出ておいしくなりそう。
光枝:その表現は新鮮。「島の歌」の土着的な感じが出て良い。「秋収め」がその下の部分をやや説明している感はある。

秋草をのせて草炭掘られけり 柏田浪雅

麻衣子: 「草炭」は草がどんどん枯れて積み重なり、炭化して燃料になったもの。秋草が絶妙。春草、夏草、冬草では感じがでません。花を付けた秋草の姿がみえて、もののあわれが感じられた。
主宰:「秋収め」の句とともに、東京句会で出句された作品です。

鬼が島高きところに登りけり 村松二本

光枝: 最初は、鬼が登ったようにとらえた。
麻衣子: 私も。
光枝「高きに登る」という季語は難しい。どこそこに行ったなど、説明的になりやすい。鬼が島と言っただけで、三角形の山の形を連想できる。志として鬼になって登ったような印象を受けた。

大根の葉のあをあをと認知症 笹沼 實

光枝:読んで目が離せなくなった。認知症を詠むことは大変と思うが、「大根の…」のあとに認知症を持ってきたことが、衝撃的。俳句の力を感じた。智恵子抄を連想。

板の間に冬瓜ごろりと冬来たる 横山幸子

光枝:冬がそのままごろりん、と板の間にきたかのよう。
主宰:冬瓜の転がる勢いが殺されないまま「冬来る」につながっている。「跳箱の突手一瞬冬が来る 友岡子郷」のような勢いがある句。

これほどの無花果好きと知らざりき 上村幸三

きつね:思わず口をついて出た言葉が一句になったようで、印象深かった。無花果はそれほど馴染みがないから、今まで知る機会もなかったのだと思いました。美味しそうに食べている誰かの姿が浮かんだ。
主宰:林檎ではただ事になってしまう。無花果のおかれている果物として立ち位置がうまく効いている。
光枝私も印象に残った句。でも私にとって、無花果は家で生っているのを、庭からそのまま取って食べる、買うという印象の無い果物だった。好きな人は目の色を変えるほど好き。なので、実感そのまま現れた句なのだろうと思った。
麻衣子夫婦かしら。お互いを知り合っている仲だと思っていた人に対して、新しい発見をした。

菊人形まつこと龍馬はええ男 宮武みどり

きつね:まるで作者は龍馬を本当に知っているみたいでおかしみがあった。
主宰:去年の大河ドラマの影響もあってか、いまだに龍馬を詠んだ投句は多いですが、その中で良かった句です。

障子貼る山も畑も澄みわたり 小川もも子

光枝:「障子貼る」はちまちましがちになる季語だが、この句では障子を貼ることの気持ちのよさ表れている。初冬のひんやりとした空気が感じられる。心も澄んでいくよう。

鍋焼きの蓋をどりつつ運ばれ来 西川遊歩

光枝:これだけ言った潔い句。楽しい様子やわくわく感が伝わる。「運ばれ来」までいったことで力強さが出て、成功している。
主宰:「蓋をどりつつ」は出そうで出ない。待っている人の視点から読んだ。いきいきとした句です。

柚湯して妻はいよいよふくよかに 鈴木拓野

麻衣子:柚子の丸い形、奥さんのふくよかさから、これからさらに円熟を増していく夫婦が思われる。気持ちの優しくなる句。
主宰:柚湯することとふくよかになることに因果関係がないことがいい。上五「着ぶくれて」などと置いて理屈でつなげて詠んでしまいがち。そういった投句が多いです。その点、この句は参考になります。
光枝:つかず離れずのバランスは。作る立場になると難しい。私も印象に残った句。

吊し柿日に日にしまる山家かな 太田芳男

麻衣子:日に日にうまみを凝縮していく干し柿。その柿に焦点を当てながらも、「山家」と置かれていることで、山のある全体の風景も見える。
主宰:作者の太田芳男さんは昨年十二月に逝去されました。九十三歳でした。最後まで瑞々しさと温かみのあふれる句を作っておられたので本当に残念です。昨年五月号の巻頭句「みどり子の笑みにさそはれ初笑ひ」が印象に新しい。

どんぐりのころりと前に出たがりぬ 今井飛佐

きつね:かわいらしくて好き。どんぐりと遊ぶ子どもみたいに、どんぐりも遊びたい。
主宰:童謡のような感じ。「出たがりぬ」とは微妙なところを捉えている。たとえば「出でにけり」とはニュアンスが異なる。

名人とはやされて剥く栗百個 菅谷和子

きつね栗をむくのは実に面倒。それを周りからはやされてついついたくさんむいてしまったという作者の人柄が好ましい。あたたかい家庭の雰囲気も感じた。

草むらは熱さのこりて虫すだく 堀野英子

光枝:夏から秋に移っていく微妙なところをしっかり捉えている。
主宰:草の中に残るむっとするこもった暑さの中、沢山かたまって虫が鳴いている様子。

映りたる顔のひらたき水の秋 西垣智江子

光枝:面白い。確かに水に映っている顔だなと納得させられた。季語のはたらきによって、作者の心情も映されているかもしれない、と思った。
主宰:「秋の水」ではなく、「水の秋」としたことで句に広がりが出た。

雁や人に泪のさまざまな 古味嵯楓

麻衣子「雁や」で視点が上に置かれるため、あふれる涙を抑えているような場面を思った。涙には本当に色んな意味がある。「さまざまのこと思ひ出す桜かな」「行春や鳥啼魚の目は泪」などの芭蕉の句を踏まえているようにも思った。「雁や」はなんてことないようだけど、視点の持っていき方が上手い。
主宰:「雁や」で去来する感じがでた。

十三夜だまつて孫が膝に乗る 長崎芳則

麻衣子:十三夜という特別な夜。孫も何となく空気を読んでいる。何も言わなくても孫と心が通じ合っている。

いつの間に次男不惑や猫じやらし 竹内ろ草

麻衣子 長男と違って、ほったらかされがちの次男の立場や、作者のはっと驚いた様子が「猫じやらし」によく表れている。
主宰:親である作者も自分の年齢に思いが至る。

好き嫌ひなき子を育てぬかご飯 古内静子

きつね:最近好き嫌いが多い子が多い中で、好き嫌いのない子を育てたとはあっぱれであります。
光枝:ぬかご飯がちょっとついている気がしたが、心映えが好きな句。

同人の一句より

梅一輪君のよろこびよろこべり 上田りん

光枝:すがすがしい。自分も作者のように、人の喜びを喜べるような人になりたいと思う。梅一輪のつけかたが大変いい。

飛び石を一足飛びや梅真白 及川由美子

麻衣子:飛び石を元気よく飛ぶ、その心も弾んでいる。白い梅がいい、紅梅では色っぽくなりすぎる。春の喜びがよく詠まれている。

百段をのぼりきつたる母に梅 小林あつ子

きつね:階段をのぼっているときは階段しか見えていなかったが、のぼりきったら梅の花が飛び込んできた。達成感が梅に現れている。
光枝:ここでは、母でないといけない。
主宰:のぼりきったお母さんへご褒美のように咲く梅。

一日一句より

大根のうまきところへ引越され 藤原智子

麻衣子:うらやましい気持ちもあるのかしら。大根という日常的な物を持ってきて、土地を褒める意味も感じられる。
きつね:引越はかなしい部分もあると思いますが、それを明るく詠んでいる。
主宰:酒所、米所とは言うが、大根のうまいところ、大根所とは普通は言わないから面白い。

平箱に富有柿のゆるぎなく 藤原智子

光枝:かちっとした句。「ゆるぎなく」とは、四角い箱にきちきちと入った柿の様子をしっかりとらえている。
主宰:一見、何でもないことのようにみえるが、柿の存在感が描かれていて句に力がある。

刺したくはなかつたらうに冬の蜂 藤原智子

麻衣子:蜂は刺すと死んでしまうが、ただでさえ弱っている冬の蜂。刺された人よりも蜂を哀れんでいるところが面白い。
主宰:小林一茶の小動物に対する慈愛を思わせる。

紅玉や少女大きな瞳して 松井潤

光枝紅玉と少女が少しついている気もしたが、紅玉は林檎らしい林檎で、あまり甘くない。そのひやっとした感じを思い浮かべると、「大きな瞳」が印象的に思われてくる。

流感の上司赤鬼にてあるか 松井潤

光枝:笑わされた句。上司という言葉はなかなか使えないだろうに上手く使えている。
主宰:普段から怖い鬼のような上司が、インフルエンザに罹って赤鬼になった。
光枝:からかっている心の余裕が感じられる。

飛岡光枝選十句

草むらは熱さのこりて虫すだく     埼玉 堀野英子
鍋焼きの蓋をどりつつ運ばれ来     東京 西川遊歩
鬼が島高きところに登りけり      静岡 村松二本
障子貼る山も畑も澄みわたり     愛知 小川もも子
板の間に冬瓜ごろりと冬来たる     京都 横山幸子
大根の葉のあをあをと認知症        茨城 笹沼 實
目の上の雀気になる案山子かな     新潟 中野義雄
映りたる顔のひらたき水の秋     岐阜 西垣智江子
初生りのすだちをふりて秋刀魚かな   京都 内田洋子
秋の声天から落ちてくるごとし     熊本 山田ナミ

丹野麻衣子選十句

柚湯して妻はいよいよふくよかに    宮城 鈴木拓野
吊し柿日に日にしまる山家かな     京都 太田芳男
稲妻にぴしりと走る芋の露       千葉 内田慧子
枯朝顔なほ種やどす力あり       東京 梅本元子
秋草をのせて草炭掘られけり      東京 柏田浪雅
雁や人に泪のさまざまな        大阪 古味嵯楓
穴に入る熊をたらふく食うたろか    京都 横山幸子
いつの間に次男不惑や猫じやらし    高知 竹内ろ草
丹念に茎太らせて秋茄子        大阪 大塚直子
十三夜だまつて孫が膝に乗る      福岡 長崎芳則

市川きつね選十句

名人とはやされて剥く栗百個      千葉 菅谷和子
秋収め餅に搗きこむ島の歌       東京 柏田浪雅
どんぐりのころりと前に出たがりぬ  神奈川 今井飛佐
ときめきは生ある限り小鳥来る     兵庫 橋本治子
新米やからくれなゐの明太子      岡山 鈴木一雄
好き嫌ひなき子を育てむかご飯     福島 古内静子
松手入了ひし庭のねむりかな      岡山 齋藤嘉子
これほどの無花果好きと知らざりき   茨城 上村幸三
寒いなと謂へばさうだと俺の影     新潟 小山孝治
菊人形まつこと龍馬はええ男     香川 宮武みどり

【出席者】

大谷弘至:主宰 1980年生まれ 句集『大旦』
飛岡光枝:自選同人、題詠欄選者 1957年生まれ 句集『白玉』
丹野麻衣子:自選同人、第三回飴山實俳句賞受賞 1974年生まれ
市川きつね:青年部副部長、第二回石田波郷賞準賞 1987年生まれ

 

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