この勉強会は古志青年部有志によるものです。出席者は「古志」誌の「投句欄」「同人の一句」「一日一句」のすべての句にしっかりと目を通した上で合評を行 います。それぞれが感銘した句、勉強になった句をとり上げます。あらかじめ「投句欄」の中から十句を選んで持ちよります。そのほか「同人の一句」「一日一 句」についてもふれます。第二回以降は毎回、青年部外からゲストを迎えて行っています。今回のゲストは編集長の羽野里美さんです。

投句欄より

葉牡丹の芯の明るきしぐれかな 菅谷和子

里美:一読して、この句の明るい感じに惹かれました。冬のはじめの頃に降る時雨。これから寒さに向かうけれど、季節を寿ぐというとらえ方がされている。葉牡丹そのものの明るさに時雨が響き合い、空間が広がっていくように感じられます。
主宰:時雨という季語には、たとえば芭蕉に代表されるように渋いイメージがありますが、この句はそんな時雨のイメージをうまく刷新できているように思える。

からだごとぶつけて除夜の鐘をうつ 鈴木伊豆山

麻衣子:「からだごとぶつけて」という表現から、鐘の大きさがわかる。全身全霊を込めて鐘を打ち、煩悩を取り払おうとしている。
里美:新年を迎えるにあたっての気合いが込められています。鐘を突くのは大抵ひとり一回。自分をリセットするかのように、その一つに思いを込めて突き、新たな年を迎えるのでしょう。

凩や一番星を置き去りに 井倉勝之進

きつね:凩はとても難しい季語と思うのですが、この句を読んで「こんな作り方があるのか」と感銘を受けました。空にあってほとんど動いていない一番星を「置き去りに」されたと表現したところが面白かったです。その表現によって、凩が過ぎ去ったあとの空に光り輝く星の姿が強く感じられました。
里美:「置き去りに」と言ったことで、星の輝きも、見えない凩の後ろ姿も見えるようです。凩は心的なものと詠みがちだけど、この句では物だけで読まれていることにひかれました。
主宰:凩の疾走感。この後、夜空に星がだんだん増えてくる情景まで浮かぶ。

妻いとしされど炬燵も去りがたし 小川鈍太

麻衣子:奥さんが外出していて、迎えに行かなきゃ行けないけど炬燵は出たくない、という場面を想像した。炬燵がまるで愛人のような、愛しいものの存在として書かれているのが面白く、ほほえましい。
里美:奥さんに何か仕事を頼まれたけど、炬燵に留まっている男性の姿が浮かびました。愛する奥さんに応えてあげたいけど炬燵は出たくない。 出たくないものとしての炬燵が描かれていると思います。

ささやかな無頼愉しき年忘れ 卯木真

里美:一年の終わりの気持ちゆるやかさが感じられました。羽目を少しはずしたい、年忘れならではの感慨。周りの人たちに対しても思いがいっているようで、心持ちの良い句だと思いました。
主宰:周りの人たちは気がつかないくらいの無頼なのかもしれないけれど、本人はそれを楽しんでいる。

白侘助わびしからざる咲きつぷり 川村杳平

麻衣子:枝にみっしりと、重み、厚みがある花を咲かせる。その名前にかかわらず存在感のある花。白の色と、「咲きつぷり」と言い放った感が潔さを感じさせる。

あはあはと雪は積もりて田の形 橋本香久子

里美:雪の積もりはじめの感じがよく描かれています。降り始めた雪を眺めながら、これからの長い冬へ思いを馳せている。
麻衣子:初雪とは書かれていないけれど、降り始めで田の部分ははっきりわかるという微妙な時期が詠まれている。
里美:東京の雪は積もらず、たいがいはすぐ消えてしまうもの。雪に「冬が来た」と実感する、雪国ならではの感覚があるのでしょう。

手袋にお菓子を詰めてプレゼント 丸山正樹

きつね:手袋にお菓子を詰めることが意外で、気になりました。
主宰:愉快な感じがします。
きつね:お菓子を詰められて変な形にふくらんだ手袋を、渡す方もあげる方もおかしくて笑っている楽しそうな場面を想像しました。

寒の酒肚で通じる外国語 洲羽喪馬

麻衣子:隣に外国人の方が座ったのでしょう。言わなくてもわかる人間同士のつき合いといったものを思わせられる。「寒の酒」がすごくいい。仮に「おでん酒」ではおかしくなりすぎてしまう。
主宰:たしかに「寒」の一字があるのとないのとでは随分違う。一生懸命身振り手振りで伝えようとした。

荒海のこれ滴りの鰤一本 山本桃潤

里美:ぐいぐい惹かれた句。有り様がストレートに詠まれていて気持ちが良い。海にとっては小さい存在だけれど、大きい鰤。それを滴りと表現して鰤を寿いでいます。
主宰:荒々しくみえて繊細な一句。鰤の肌に荒海の色が残っているかのよう。

味噌玉を天上に吊り冬ごもり 夏井通江

里美:味噌玉がとてもよくはたらいています。冬は寒いからこもるのだけれど、こもることによって成り立つ、冬ならではの豊かさがあります。味噌がだんだん醸されていくように、冬ごもりをしている作者の気持ちも醸されてゆくように感じました。

同人の一句より

夜の雨つめたからんや初桜 勝又眞子

里美:雨が降ってしまった咲き初めの桜に、作者は「冷たいだろうな」と暖かいいたわりの気持ちを持っています。この心のありようは初桜ならでは。

花びらも口に運ばれ花の宴 中田暁美

麻衣子:満開の桜の下の宴。花びらがご飯にくっついているのは豊かな感じがする。そのことを喜んでいる人たちの楽しそうな姿が浮かぶ。

バスケットに兎入れられ花の下 杉山せつ子

きつね:飼いウサギも連れ出され、家族みんなでお花見をしている。家に置いてこないでバスケットに入れて連れてきたことがいいなあと心を動かされました。

一日一句より

ひらひらと着せてもらひし春着かな 安藤久美

麻衣子:実際にはまだ寒い時期だけれど、重たい冬物を脱ぐことで、体だけでなく気持ちも軽くなった。初春を迎えた喜びが伝わる。人に着せてもらったということで、いっそう喜びが増すように感じられる。

楊貴妃も小町の顔も福笑ひ 西川遊歩

里美:お正月ならではの福々しい句。遊ぶ心持ちそのものが「福」の一字で表されています。

白菜の力ありてや鍋のもの 西川遊歩

麻衣子:この時期の白菜はすごくおいしい。ざく盛りにされた白菜の存在感が大きい。

帰りきて博多に若菜粥の家 林田裕章

里美:博多はふるさとなのでしょうか。家に帰ってほっとした気持ちでいただく若菜粥。「はかた」という透明感の感じられる音のせいもあって、若菜粥のすきとおった色が見えてきました。

レトルトの春の七草確と食ぶ 水岩瞳

きつね:摘んだ七草ではなく、スーパーなどで売られているレトルトの七草を「確と」食べたこと、それをありのまま句にされているのが印象的でした。

羽野里美
味噌玉を天上に吊り冬ごもり       京都 夏井通江
葉ぼたんの芯の明るきしぐれかな     千葉 菅谷和子
初炊ぎきれいに盛つて仏壇に      神奈川 田中益美
凩や一番星を置き去りに          奈良 井倉勝之進
透きとほる風呂吹に箸入れにけり      埼玉 上田りん
もらひきてまだ温かき寒卵        京都 山田寿美子
ささやかな無頼愉しき年忘          和歌山 卯木真
階下より麺麭焼くにほひ冬籠        熊本 今村武章
弾初の髪に大きなリボンかな        埼玉 関田独鈷
荒海のこれ滴りの鰤一本          大分 山本桃潤

丹野麻衣子
かかる夜は雪女郎とて来られまい     福島 武藤主明
妻いとしされど炬燵も去りがたし      千葉 小川飩太
からだごとぶつけて除夜の鐘をうつ  東京 鈴木伊豆山
頭出すものはもぐらせおでん鍋      東京 関きみ子
寒の酒肚で通じる外国語         青森 洲羽喪馬
白侘助わびしからざる咲きつぷり     岩手 川村杳平
よく笑ふ老となりたし鮟鱇鍋       神奈川 山本孝予
あはあはと雪は積もりて田の形     石川 橋本香久子
冬帽子被りてみては編み足せる  北海道 山田てい子
初風呂に残りの酒を注ぎけり         千葉  小梛東江

市川きつね

年賀状届かぬ人となりにけり      北海道 前田喜美子
からだごとぶつけて除夜の鐘をうつ   東京 鈴木伊豆山
凩や一番星を置き去りに         奈良 井倉勝之進
家ぢゆうの布団を干して年用意      愛知 近藤沙羅
鏡開あのころみんな虫歯の子      神奈川 丸山分水
白息をゆたかにあげて子は泣けり  神奈川  山本孝予
手袋にお菓子を詰めてプレゼント      岐阜 丸山正樹
もちつきの真つ最中や古志届く      京都 亀井倫子
二階より六尺注連をうけ渡し          茨城 佐藤てる子
雪下し全て了へたる薬湯かな        新潟 間島華秋

 

【出席者】

大谷弘至:主宰 1980年生まれ 句集『大旦』
羽野里美:自選同人 1960年生まれ 
丹野麻衣子:自選同人、第三回飴山實俳句賞受賞 1974年生まれ
市川きつね:青年部副部長、第二回石田波郷賞準賞 1987年生まれ

 

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